【第01回】名興文庫-漆黒の幻想小説コンテスト 五月度の所感

漆黒

所感

 五月度の参加者の作者様方、お疲れ様でした! 今回は一次選評の公表がすこし遅くなってしまい、申し訳ありません。しかしながら応募作品は多く、全く嬉しい状態が続いております。ありがとうございます!

 さて、梅雨前線消滅となり、早くも長い夏の予感がしてきて暑い日々ですが、五月度もまた熱い作品が多く、選者としてはとても心身の引き締まる時間でした。

 特に嬉しいのは、小説本来の自由さを象徴するような語彙の選択をする作品が散見された事です。『小説は自由なもの』と標榜されながらも、現実的にはリーダビリティと簡便さによる瞬間風速に注視した作風に収斂しがちな昨今、言葉に立ち止まれる体験は貴重なものでありましょう。当コンテストが求めているグラデーションがまた幅広くなり、とても喜ばしいことと受け止めています。

 今後このコンテストに挑戦される方々におかれましては、当コンテストに既に参加された作品群の自由さをぜひ楽しんで糧にしつつ、自分なりの幻想性を表現して挑戦していただけたらと思っております。

 それでは、次の月度で、また素晴らしい作品に出会えることを楽しみにしております!

一次選評

*順不同・敬称略とさせていただきます。

『石胎の朝』|NOVENG MUSiQ

 統一感のリアル美しい文体でつづられた、世界の再誕の物語。『梓紋』などの表現は現在およびこれからの小説においてむしろ好ましいものであり、幻想性と高い融合を見せる文体は見事です。語られる物語も希望に満ちた再誕が描かれています。

『瓶中の祈り』|NOVENG MUSiQ

 錬金術から一言では言い切れない要素をはらんでいる。今回もまた語彙から幻想性を表現しようという試みがあると共に、作中で誕生する存在は蕃神かつ播種の神とも解釈ができる。限られた字数内に複層のテーマがあるのも趣深い作品です。

『夜の王が放つ双影』|NOVENG MUSiQ

 しばしば、言葉とは識の言霊である事を思い出させる物語が存在する。神々の黄昏以降のこの物語は、いわば黄金時代の終わった人間の時代の始まりですが、その夜明け前の夜に言葉によって再び世界がその姿を取り戻す様子は、幻想小説のテーマとしても正鵠を射ていると思います。

『雷翼の客人』|NOVENG MUSiQ

 精霊的存在と魔術師の関りが、この物語独特の雨を乞う儀式と共に語られる。雷の精霊たる存在の動機──『渇き』として表現されるそれが精霊の在り方の解釈としてとても秀逸で、それがこの物語の幻想性をより高めています。

『卵殻祈歌』|NOVENG MUSiQ

 これも再誕の物語ですが、世界の創りも経緯も違っており、また異なる神話を覗き見た気持ちになれる物語です。『梵卵』という語彙も良く、むしろこの語彙によってこの物語は字数を無視した重量を持てるのでしょう。『石胎の朝』に対して、こちらは華やかな再誕となっています。

一次選評:Creative Writing Space掲載作品

*順不同・敬称略とさせていただきます。

『魂の機巧と背の炎』|グリフィス

 背景や人物はとても良く出来ていますが、物語の断片かつ冒頭部分の印象が強いのが惜しい所です。幻想小説はしばしば、異なる世界を垣間見る入口であり、その向こうの広がりを表現し、伝えることが大事です。期待感を抱かせる物語です。

『墓穴』|尾内甲太郎

 全てがタイトルを表現しており、作中に漂う悲劇的な喜劇性、あるいは風刺ともとれる物語の流れに、読者は迂闊に表情を選べません。幻想性から遠いようでいて幻想性の領域内にも、また他の分野にもまたがった軸足の置き方が秀逸な作品です。

『テイラス異伝』|汐田大輝

 オリエンタルな異国情緒のある物語。神話の時代の力にあふれ、善悪定かならぬ神人たる皇帝の物語かと思えば、物語はいきなり羽ばたき、飛び立ちます。夜に触れる幻想小説の形として美しい幻惑があります。

『蛇と月。』|嘉良崇

 饕餮や世界蛇を思わせる巨大な存在の、欲望の彷徨の旅とその結末の神話。その体の大きさに違いはあれど、抱える苦悩は人と変わりないものです。そして、満ち足りた物がいずれ全て手放す事があるように、彼の物語も終わります。

『干渉模様』|グリフィス

 小説というよりは詩のように構成された散文。幻想性より断片性の方がやや強く、感傷の詩的な拡大は思春期のような美しい脆弱性が垣間見えます。プールという場所が舞台なのもこれの示唆でしょう。断片の中に時に強い共感が見いだせる気がします。

『妖を鎮むるの譚』|汐田大輝

 魔法少女という言葉を用いながらも、展開していく話は神々の征伐さながらの壮大さに満ちており、物語の舞台もあってか封神演義のような解釈の浮かぶ面白さがあります。しかし同時に、背景とこの語彙の接着の難しさも感じさせられる気がしました。

『エヴァン・グラウブはかく語りき』|定光

 ライトノベルの雰囲気が強い、旅の始まりの物語。無難にまとまっていますが、例えば『起承転結』の『転』や『結』はなく、断片にとどまっている印象が強いです。語彙の選択や、世界の表現と共に、それら行く末を意識してまとめるともっと良いかと思いました。

『秋』|たんぜべ なた。

 山の神の夫婦とその愛らしい娘の営みが舞のように描かれた物語。日本昔話のような雰囲気も漂っており、秋とも相まって暖色の色彩を帯びた包容力のある物語です。良くも悪くも都会的になり過ぎた我々にとって、どこか郷愁も漂う物語です。