所感
四月度の参加者の作者様方、お疲れ様でした! ついに当コンテストも折り返しのターンに入りましたが、今月はさらに作品数も多く、全く嬉しい状態が続いております。
小説界隈においては、ライトノベルやweb小説の隆盛と相反して、幻想小説・文学、あるいは本来のファンタジーの認知の縮小の影響もまた少なくないと感じられ、あらためて当コンテストの意義を強く確信することも多く、今後もこのコンテストを積極的に運営していきたいと決意を新たにしており、なるべく多くの方々に楽しんでいただきたいものと日々知恵を絞っております。
さて、もっと広く世の中を見ますと、物価の高騰や社会の変化に伴い、世相は次第に厳しさを増していくため、過去がそうであったように軽佻浮薄に過ぎて拗らせたコンテンツは次第に憎悪を持って見られる傾向が強くなっていくかもしれません。しかしながら世界的にはAIの技術革新もあり、大きめのコンテンツの表現は莫大な規模のお金を動かしていくと見られます。つまり、クリエイターへの期待がますます高まっています。
すなわち求められるのは多方面において美しきゆとり──豊かな細部で飾られた、表層の娯楽と深層の教導が同居するようなもの、例えば古典ファンタジーが持つ深みと余韻や、神話的世界観が生み出す感動、さらに新しさ、つまり再解釈──などが求められる機会は多くなっていくものと思います。これらはAIが作り出す表層的な表現や効率に対して、人間の情感や哲学を宿して厚みのあるコンテンツを作るのに必須の要素であり、幻想性ともとても相性の良い物でもありますので、当コンテストの参加者様はぜひともこの機会に楽しみつつ腕を磨いてくださればと思います。
それでは、次の月度で、また素晴らしい作品に出会えることを楽しみにしております!
一次選評
*順不同・敬称略とさせていただきます
『夜を選ぶ』|笛地静恵
無数の選択肢を持ちながら、それでも閉塞している事に気付いた主人公の最後の、あるいは最期の選択。叙述の仕掛けもあり、多くの想像の余地が残る作品です。仕掛けにより、その想像にも二重性が生まれる構成が良いですね。
『偉大なコフリー』|中原実士与
難解で焦点の絞りがたい物語であり、人によりその評がかなり分かれる作品です。各名詞の軽重、段落の長さの意図等が伝えたい物語の為に収斂しているかと言えばそうではないため、これがとても読み取りを難解にしています。一方で、断片としての物語は仄見えるようになっています。
『必殺の銃弾』|笛地静恵
粗野な兵士の一人称の物語。特徴的な文体はしかし、展開と共にこれが意図的なものであると分かります。そしてその結末も。ホラーやミステリーに近いものですが、多分に内省的な構成と不可解な結末は多くの想像の余地を残しますね。
『超越した意思』|NO SOUL?
おそらくは最初の堕天使のような存在の物語。独自の世界の彼方に、しかし天の司とも言うべき者の葛藤と堕天が展開し、彼らでさえ触れられず、孤独に等しい圧倒的な自由のままにする存在への思いが語られます。
『消える死体』|マサカヤユキエ
子供の頃の不可解な記憶をお持ちの方も少なくないでしょう。この物語はそのような記憶の断片の物語であり、子供の頃の不可解な記憶を持つ人にはその独特な心のしこりが再現されるような物語となっています。しかし、このような経験こそ時に幻想性の一部でありましょう。
『狐に救われる』|白木
小さなころの記憶にある、しかし今となってはたどり着けない不思議な場所。これはそういう物語ですが、民俗学的な解釈等の考察が乗っており、特に異界に誘われる理由となった雪に関する気付きの部分が秀逸です。
『スーパーマーケットの死人』|白木
『狐に救われる』とも連続性のある物語。『彼我の入れ替わり』が良くほのめかされるこの作者の構成が今回も表現されており、これは異界からの理不尽かつ無差別の選別に意味などないのでは? という無力感を暗示しているように感じられます。
一次選評:Creative Writing Space掲載作品
*順不同・敬称略とさせていただきます
『白い獅子と怨霊の竜巻』|百彪
子供の頃の創造力の発露には決してとどまらない、自然現象が実のところは大いなる意志による秘められた因果の運航なのではないか? と思わせる物語。しかし、我々の多くの神格・信仰、祭事もまた、時にこのような世界の解釈の発露でもある。
『憂国怪獣ベキラ』|称好軒梅庵
教養、洒落、時節ネタ、そして語感選びのセンスまでもが1000字以内という、高度にまとまった怪作。屈原に関しては多くの伝説があるにもかかわらずその実在は疑問視されており、存在そのものが詩文や物語の幻想性の発露である。美味しい『ちまき』もその発露であり、作中の大掛かりな怪獣バトルもまた山海経などに連なりえるものだ。
『ティラスの囁き』|汐田大輝
地域性の高い、おそらくは人ならざる古き神と、瞑想してはその存在と交感する長老の物語。人や学者には自然現象にしか見えないものが、雄大な神々の営みの発露である、という想像は、私たちが今後もなぜか手放さないものの一つだろう。
『試し斬り』|笛地静恵
おそらくは山田 浅右衛門モチーフの物語だが、狂言回し的な一人称を受け持つ『薬屋』の言葉と地名の表現から、これが我々の知るそれらとは異なる世界の可能性が色濃く示唆されている。
『新しい魚』|尾内甲太郎
明確に言及はされないが、既に破滅的な環境になった地で見出された『新しい魚』の物語。しかし、語られていく情景を読む限り、この『新しい魚』は真摯な希望というよりは諦観あるいは皮肉に等しい絶望が漂う。それでも、この魚を介抱した彼らもまたそれを超えて来たのだろう。希望さえ、時にそう純度が高くないことは少なくないものだ。
『人と罪と贖罪と』|嘉良崇
ただただ贖罪を続けるしかなくなってしまった世界の人々の物語。その描写には独自性が多く、想像が膨らみます。そして人々はなぜこんな大罪を犯したのか? 終末の描写は独特で『神』がいかなる存在であったかも興味深いです。
『世界の果てに願うハルモニア』|NO SOUL?
作者の一連の物語の主人公たちが一つ所に集う、いわば連作の最終編に等しい物語。それぞれの物語の個性的な主人公たちが集った先に語られるのはより大きな物語の断片です。五作品まで応募可能であるレギュレーションを上手に生かした粋な構成だと思います。