『ライトノベル』とは何か?(1)

コラム

本コラム「『ライトノベル』とは何か?」は記事を三分割しています。
『ライトノベル』とは何か?(2)はこちら
『ライトノベル』とは何か?(3)はこちら

1 初めに
2『ライトノベル』の源流
3 ヤングアダルト・ジュブナイルの立ち位置
4 そして『ライトノベル』が生まれた
5『ライトノベル』の大流行
6 出版作品は応募だけでなくWebからも
7 膨張する『ライトノベル』
8 児童文学に進出する『ライトノベル』
9 現在の『ライトノベル』の問題点(1)
10 現在の『ライトノベル』の問題点(2)
11 現在の『ライトノベル』の問題点(3)
12 名興文庫が求める作品

1 初めに

『ライトノベル』とは何か?

 辞書で意味を確認すれば「会話文が多く、イラストがあり、文体が軽めで読みやすい、若者向けの娯楽小説」と説明があります。確かにその通りだと思います。

 しかし、これですべての『ライトノベル』が網羅されているかと問われれば、素直に頷けない部分があります。まず、会話文が多いと判断する基準をどこに置くのかわかりません。イラストは『ライトノベル』に限らず一般文芸でも使われています。文体が軽めで読みやすい、というのは個人の主観にかなり寄っていて、人によって判断が分かれるのではないでしょうか。

 悩ましい『ライトノベル』。
 この問題を考えてみる前に、名興文庫が求める作品像についてまとめたいと思います。

・娯楽だけで終わらない作品
・メッセージ性のある作品
・新しい発見がある作品
・レーベル担当者の心を打つ作品

 代表概念によると(【Q&A】名興文庫の代表概念に質問【part1】を参照)、名興文庫は『ライトノベル』を扱うかもしれないし、扱わないかもしれない。なんともはっきりしない回答です。

 ですが、上記に該当する作品を名興文庫は「出版する」としています。つまり、「娯楽だけで終わらない作品」「メッセージ性のある作品」「新しい発見がある作品」「レーベル担当者の心を打つ作品」であれば『ライトノベル』であっても出版する、ということです。

 Web小説を投稿している作者さんの多くは「自分の作品は『ライトノベル』に該当する」とお考えではないでしょうか? そして、もしご縁があるのなら出版社から自作を出版する夢を抱かれていると思います。ですが、『ライトノベル』という言葉は人によって定義にブレがあります。

 なので、このコラムでは「『ライトノベル』とは何か?」の問いに対して、『ライトノベル』の歴史を振り返ることで名興文庫の考えを提示したいと思います。そのため、実際に出版された『ライトノベル』作品をいくつか紹介します。読みやすさを重視するため敬称を省略させていただいています。また、出版年はWikipediaを参照させていただきました。ご理解のほど、よろしくお願いします。

2『ライトノベル』の源流

『ライトノベル』の読者層はどこを想定しているのでしょうか? 辞書には「若者向けの娯楽小説」とありました。

 現在出版されている『ライトノベル』作品を見ると、すべての作品が「若者向けの娯楽小説」に分類されるとは思えません。ですが、元々はそうだったのでしょう。しかし、小学生向けの『ライトノベル』が存在するのでしょうか?

 よって、『ライトノベル』の想定読者は中学生から高校生。つまり、成人前の少年・少女が想定読者、とします。

 ではここから『ライトノベル』の歴史を振り返ります。まず最初に触れたいのは明治期から昭和期にあった「少女小説」「少年小説」です。「少女小説」「少年小説」は児童文学に分類されるそうですが、児童文学そのものではありません。どうしてなのか? それは「エンターテイメント性が高い」からです。

 児童文学を定義するのも『ライトノベル』同様、とても難しいです。ただひとつ言えるのは、児童文学は大多数の大人が「子供に読ませても大丈夫」と判断した作品であることです(しかしこの判断は時代の流れや価値観の変化で簡単に変わります)。

 児童文学の書籍を購入するお金を出す主体は子供の保護者です。また、児童文学は「児童が読んで理解できる物語」という点も重要です。大多数の子供が読んでも意味が理解できない作品は児童文学とは言えないでしょう。

「少女小説」「少年小説」は、児童文学に分類されるものの、少年・少女にとってエンターテイメント性の高い作品を多く扱っています。中には保護者が眉を寄せてしまうような作品や、戦時中は戦争高揚を謳うような作品がありました。

 ここで簡単にですが「少女小説」「少年小説」の歴史をおさらいしようと思います。

「少女小説」は少女を想定読者として書かれたエンターテイメント小説で、明治期から昭和期の作品を総称した言葉です。『少女界』『少女世界』『少女の友』などの雑誌が大正期に全盛期を迎えますが、その後時代は戦争に突入します。雑誌は戦時中、戦争色を強くしますが、戦後はまた少女向けの作品を掲載するようになります。1970年代になると「少女まんが」が流行しますが、1980年代になると「少女小説」ブームが起きます。この流れで「少女向けライトノベル」として外せない存在『Cobalt』が創刊されました。

「少年小説」は少年を想定読者として書かれたエンターテイメント小説です。そしてこちらも「少女小説」同様、明治期から昭和期の作品を総称した言葉です。しかしその出現は「少女小説」より十年ほど早いものでした。

『少年園』『小国民』『少年世界』『少年倶楽部』などの雑誌が創刊され、「少年小説」は人気を博します。戦時中は戦記小説が書かれましたが、終戦後、出版社の会社役員や編集者が業界から追放されたことで変わります。掲載する作品の傾向を大々的に方針転換したことで、1940年代から1950年代にかけて「少年小説」ブームが起こります。けれどこれは「少年まんが」の台頭により収束しました。

3 ヤングアダルト・ジュブナイルの立ち位置

 現在、多くの図書館で少年・少女向けのエンターテイメント性の高い作品は「ヤングアダルト」として分類されています。この分類方法はアメリカが発祥です。

 1920年代頃、青少年向けの書物を一箇所に集めて展示する「ヤングアダルト・サービス」というサービスがアメリカで開始されました。ここで注意したいのは、サービス開始当初は「青少年向けに書かれた書物」をまとめて展示するのではなく、「青少年が読めそうな書物」をまとめて展示した点です。サービス開始当時、青少年向けに書かれた作品がとても少なかったのです。

 日本で「ヤングアダルト」という言葉は図書館学の用語として使われました。そのため普及が遅く、1999年頃にやっと使われ出すようになりました。これは1990年頃に富士見ファンタジア文庫、角川スニーカー文庫、電撃文庫などのレーベルが登場し、それらの作品を図書館で扱ってほしいと要望が強くなったからでしょう。また、出版社も「ヤングアダルト」作品である、としていました。児童文学とエンターテイメント性の高い作品の棲み分けを行うのに「ヤングアダルト」という言葉は最適だったのです。

 アメリカで「青少年が読めそうな書物」をまとめ置いていた「ヤングアダルト」ですが、次第に「青少年向けに書かれた書物」を置くようになります。市場の需要に応えたのです。1960年代半ばから1970年代になるとSF小説やファンタジー小説の刊行が増えます。これらの作品が日本語に翻訳されブームとなった際、当時日本ではまだ定着していなかった「ヤングアダルト」ではなく、「ジュブナイル」という言葉を使用しました。その結果、日本における「ジュブナイル」はSF小説の印象が強いのです。

 日本で「ジュブナイル」作品を出版していたレーベルはソノラマ文庫と秋元文庫です。ソノラマ文庫はアニメ作品のノベライズを多く出版しました。秋元文庫は初期の頃、少女向けの翻訳小説を出版し、徐々に少年向け作品の出版を多くしていきます。そして1990年頃に起きたファンタジーブームの際、ファンタジー小説を出版するようになりました。

 ここで、この時期の作品を振り返りたいと思います(代表作の一部を表記・順不同)。

・高千穂遙『ダーティペア』 1980~2018年
・新井素子『星へ行く船』 1981~1994年
・田中芳樹『銀河英雄伝説』 1982~1988年
・夢枕獏『キマイラ・吼』 1982~2002年
・菊池秀行『吸血鬼ハンターD』 1983~2007年
・笹本祐一『妖精作戦』 1984~1985年
・久美沙織『丘の家のミッキー』 1984~1988年
・氷室冴子『なんて素敵にジャパネスク』 1984~1991年
・藤本ひとみ『まんが家マリナ・シリーズ』 1985~
・六道慧『大神伝』 1988~1993年
・水野良『ロードス島戦記』 1988~1995年
・折原みと『真夜中を駆けぬける』 1989年
・あかほりさとる『天空戦記シュラト』 1989~1991年
・前田珠子『破妖の剣』 1989~2017年
・桑原水菜『炎の蜃気楼』 1990~2007年
・神坂一『スレイヤーズ』 1990~2019年
・小野不由美『十二国記』 1992~
・茅田砂胡『デルフィニア戦記』 1993~2021年
・庄司卓『それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』 1993~
・秋田禎信『魔術師オーフェン』 1994~2003年
・野梨原花南『ちょー』シリーズ 1997~2003年
・藤原眞莉『姫神さまに願いを』 1998~2006年
・賀東招二『フルメタル・パニック!』 1998~2010年
・今野緒雪『マリア様がみてる』 1998~2012年
・上遠野浩平『ブギーポップ』 1998~2019年

4 そして『ライトノベル』が生まれた

『ライトノベル』という言葉が頻繁に使われるようになったのは2000年代に入ってからになります。それまでは「ファンタジー小説」や「ヤングアダルト」と呼ばれていました。

 では『ライトノベル』という言葉はどこから出てきたのでしょうか? 定説によると、1990年初め頃にSFやファンタジー小説ファンが集うパソコン通信上の会議室で決定したそうです。その会議室のシステムオペレーターである神北恵太さんが、コバルト文庫やソノラマ文庫のような少年・少女向けの作品を総称する名前づけが必要だと考え、メンバーと相談の上『ライトノベル』が採用されました。

 しかし『ライトノベル』という言葉が普及したのは2000年代からになります。書籍として言葉が出てきたのは2004年出版の『ライトノベル完全読本』『ライトノベル☆めった斬り!』。この頃には『ライトノベル』という言葉が定着していたのだと思われます。

 また、当時『ライトノベル』とみなされた作品は『ライトノベル完全読本』や『ライトノベル☆めった斬り!』に掲載されている、と考えてよいでしょう。『ライトノベル☆めった斬り!』で紹介された作品一覧がネットで掲載されています。確認してみると、電撃文庫、富士見ファンタジア文庫、角川スニーカー文庫などのレーベル出版の作品がメインでした。

 つまり、当時大多数の人が思い浮かべる『ライトノベル』とは、ライトノベルを専門に扱うレーベルの作品であると考えられており、それ以外は『ライトノベル』以外の作品と分けていたのだと推測できます。

 ですが『ライトノベル☆めった斬り!』で紹介されている作品の中で、気になる作品があります。恩田陸さんの『六番目の小夜子』です。この小説の文庫本表紙を見ていただけたらわかるのですが、『ライトノベル』らしいポップなイラストは使われていません。あらすじだけを見れば『ライトノベル』のようでもありますが、一般文芸のようにも思われます。また、恩田陸さんは『ライトノベル』を専門に執筆される作家さんではありません。

『六番目の小夜子』は1991年開催の第3回日本ファンタジーノベル大賞で最終選考まで残った作品です。1992年にファンタジーノベル・シリーズとして新潮文庫から出版され、2001年に再度新潮文庫から出版されています。テレビドラマや舞台化もされています。

 なぜ『六番目の小夜子』は『ライトノベル』に分類されたのでしょうか?

『ライトノベル☆めった斬り!』の出版は2004年。そして日本ファンタジーノベル大賞は1989年から始まった歴史ある賞です。Wikipediaで受賞作を確認すると、ファンタジー小説がメインのようでした。2004年当時、日本ファンタジーノベル大賞の受賞作は『ライトノベル』に分類される、と認識されていた可能性があります(憶測なので確かなことはわかりません)。

 そして、もうひとつ注目したい作品があります。小野不由美さんの『十二国記』シリーズです。こちらも『ライトノベル☆めった斬り!』で紹介されています。

 このシリーズは講談社X文庫ホワイトハートで出版されたあと、講談社文庫でイラストがないバージョンが出版されます。『ライトノベル』として判断基準となるイラストが無くなったのです。ですがその後、新潮文庫で完全版としてイラストありのバージョンが出版されました。この作品は『ライトノベル』なのでしょうか? 難しい問題です。

 ただ言えるのは、すでにこの時点で『ライトノベル』という枠組みは膨張の兆しを見せていた、ということです。

『ライトノベル』とは何か?(2)に続く。