『ライトノベル』とは何か?(2)

コラム

本コラム「『ライトノベル』とは何か?」は記事を三分割しています。
『ライトノベル』とは何か?(1)はこちら
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5『ライトノベル』の大流行

 2000年代に入ると『ライトノベル』が大流行します。2000~2004年の代表作を『ライトノベル☆ぶった斬り!』を参考に振り返りましょう(代表作の一部を表記・順不同)。

・時雨沢恵一『キノの旅』 2000~
・喬林知『まるマ』シリーズ 2000~
・秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』 2001~2003年
・吉田直『トリニティ・ブラッド』 2001~2004年
・冲方丁『マルドゥック・スクランブル』 2003年
・おかゆまさき『撲殺天使ドクロちゃん』 2003~2007年
・谷川流『涼宮ハルヒ』シリーズ 2003~
・滝本竜彦『NHKにようこそ』 2004~2007年
・成田良悟『デュラララ!!』 2004~2016年

 この時代、一番の注目作は谷川流さんの『涼宮ハルヒ』シリーズでしょう。京都アニメーションによるテレビアニメシリーズは一大ブームを起こし、エンディングテーマ『ハレ晴レユカイ』に合わせて登場人物たちが踊る映像は「ハルヒダンス」と呼ばれ、真似てダンスする人が続出しました。

 このあたりから「『ライトノベル』は売れる」と考えられたのは間違いないでしょう。実際、『ライトノベル』を取り扱うレーベルが増えました。角川ビーンズ文庫、集英社スーパーダッシュ文庫、徳間デュアル文庫、MF文庫J、HJ文庫、GA文庫、ガガガ文庫、ルルル文庫、一迅社文庫、このライトノベルがすごい!文庫、スマッシュ文庫、講談社ラノベ文庫、オーバーラップ文庫……。数多くのレーベルが新設されました。そして現在、廃刊となっているレーベルがいくつかあります。

 では、2000~2010年に『ライトノベル』レーベルから出版された作品を、上記にあげたもの以外を振り返りたいと思います(代表作の一部を表記・順不同)。

・結城光流『少年陰陽師』 2001~
・高橋弥七郎『灼眼のシャナ』 2002~2012年
・橋本紡『半分の月がのぼる空』 2003~2006年
・桜庭一樹『GOSICK -ゴシック-』 2003~2011年
・雪乃紗衣『彩雲国物語』 2003~2016年
・成田良悟『バッカーノ!』 2003~
・鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』 2004~
・ヤマグチノボル『ゼロの使い魔』 2004~2017年
・西野かつみ『かのこん』 2005~
・竹宮ゆゆこ『とらドラ!』 2006~2010年
・野村美月『“文学少女”』シリーズ 2006~2010年
・支倉凍砂『狼と香辛料』 2006~
・井上堅二『バカとテストと召喚獣』 2007~2015年
・入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』 2007~2017年
・犬村小六『とある飛空士への追憶』 2008年
・葵せきな『生徒会の一存』 2008~2018年

・川上稔『境界線上のホライゾン』 2008~2018年
・伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 2008~2021年
・平坂読『僕は友達が少ない』 2009~2015年
・河野裕『サクラダリセット』 2009~2017年

 2000年代、数多くのレーベルからものすごい量の『ライトノベル』が出版される状況となりました。そのため、ゲームシナリオライターが『ライトノベル』に参入しました。例えば虚淵玄さんや竹井10日さん、健速さんがいます。

 もうひとつ注目したいのは、同人誌から商業出版した奈須きのこさんの『空の境界』や、同人サークルからリリースされたゲームを小説にした竜騎士07さんの『ひぐらしのなく頃に』の存在です。

 これらの作品を『ライトノベル』に分類するかどうかは意見が分かれるところですが、1990年代に想定していた『ライトノベル』の枠よりも広い意味で『ライトノベル』という言葉が使われ出した、象徴的な出来事のように思います。

6 出版作品は応募だけでなくWebからも

 2010年代になると『ライトノベル』はレーベル出版の作品だけでなく、Web小説投稿サイトで人気のある作品も含むようになってきます。また、ボーカロイドを使用して作られた楽曲の小説(ボカロ小説)も『ライトノベル』レーベルから出版されました。

 出版された作品を振り返ってみましょう(代表作の一部を表記・順不同)。

・川原礫『ソードアート・オンライン』 2009~
・悪ノP(mothy)『悪ノ娘』 2010~2012年
・橙乃ままれ『ログ・ホライズン』 2011~
・佐島勤『魔法科高校の劣等生』 2011~
・じん(自然の敵P)『カゲロウデイズ』 2012~2017年
・丸山くがね『オーバーロード』 2012~
・涼風『悪役令嬢後宮物語』 2013~2019年
・暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を!』 2013~2020年
・天酒之瓢『ナイツ&マジック』 2013~
・大森藤ノ『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』 2013~
・理不尽な孫の手『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』 2014~2022年
・藤谷燈子・香坂茉里『告白実行委員会~恋愛シリーズ~』 2014~
・蝉川夏哉『異世界居酒屋「のぶ」』 2014~
・日向夏『薬屋のひとりごと』 2014~
・長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』 2014~
・伏瀬『転生したらスライムだった件』 2014~
・さき『アルバート家の令嬢は没落をご所望です』 2015~2020年
・馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』 2015~2022年
・犬塚惇平『異世界食堂』 2015~
・白米良『ありふれた職業で世界最強』 2015~
・香月美夜『本好きの下剋上』 2015~
・山口悟『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』 2015~
・江口連『とんでもスキルで異世界放浪メシ』 2016~

・三嶋与夢『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』 2018~
・ざっぽん『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』 2018~
・いのり。『私の推しは悪役令嬢。』 2019~2021年

 上記にあげた作品以外にも書籍化したWeb小説投稿サイト発の作品はたくさんあります。また、単行本一冊の値段が高くなる傾向が強くなったのもこの頃からの特徴でしょう。Web小説投稿サイトの主な読者が少年・少女ではなく、金銭的に余裕のある人々だったからなのかもしれません。

 この間『ライトノベル』レーベルは独自の作品を出版しなかったのかというと、そんなことはありません。出版された作品を振り返りましょう(代表作の一部を表記・順不同)。

・渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』 2011~2021年
・和ヶ原聡司『はたらく魔王さま!』 2011~2022年
・丸戸史明『冴えない彼女の育てかた』 2012~2019年
・榎宮祐『ノーゲーム・ノーライフ』 2012~
・カルロ・ゼン『幼女戦記』 2013~
・白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』 2015~
・衣笠彰梧『ようこそ実力至上主義の教室へ』 2015~
・安里アサト『86-エイティシックス-』 2017~
・瘤久保慎司『錆喰いビスコ』 2018~
・宇野朴人『七つの魔剣が支配する』 2018~
・二丸修一『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』 2019~

7 膨張する『ライトノベル』

『ライトノベル』専門のレーベルが乱立し、公募で受賞した作品だけでなくWeb小説投稿サイトやボカロ小説発の作品もまた『ライトノベル』に分類されました。ここで注目したいのは「ライト文芸」という新しい分類ができたことと、作家の流動です。

「ライト文芸」とは何でしょうか? 『ライトノベル』が拡大傾向にある中出現したこの分類。説明をするのは難しいですが、あえていうなら「大人向けのライトノベル」でしょうか。

『ライトノベル』の出発点は「少年・少女が楽しめるエンターテイメント性の高い作品」でした。「ライト文芸」は『ライトノベル』から「大人が楽しめるエンターテイメント性の高い作品」に範囲を絞ったものになると思われます。それが理由なのか、書店では「ライト文芸」作品を『ライトノベル』の棚ではなく、一般文芸の棚に置いていたりします。

 ここで「ライト文芸」に該当すると思われる作品を振り返ってみたいと思います(代表作の一部を表記・順不同)。

・有川浩『図書館戦争』 2006~2008年
・松岡圭祐『Qシリーズ』 2010~
・東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』 2010~
・三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』 2011~
・太田紫織『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』 2013~2021年
・浅葉なつ『神様の御用人』 2013~
・河野裕『いなくなれ、群青』 2014年
・知念実希人『「天久鷹央」シリーズ』 2014~
・北川恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』 2015~2019年
・青木祐子『これは経費で落ちません!』 2016~
・白川紺子『後宮の烏』 2018~2022年
・一条岬『今夜、世界からこの恋が消えても』 2020年

 上記の作品以外にも「ライト文芸」と思われる作品は多いです。また、『ライトノベル』と紹介した作品の中に、人によっては『ライトノベル』ではなく「ライト文芸」に分類する作品もあるかと思います。これは『ライトノベル』と「ライト文芸」を明確に線引きする規定がないため起きる現象のひとつでしょう。

 さらに話をややこしくしているのが、『ライトノベル』を執筆する作家と「ライト文芸」を執筆する作家、そして一般文芸を執筆する作家を明確に線引できない点でしょう。つまり、作家によって作品のジャンルを分類できない、ということです。

 ここで講談社BOXというレーベルを見てみたいと思います。このレーベルは作品を銀色の箱に入れる装丁をしており、一冊の単価が文庫本に比べて高いです。少年・少女がお小遣いで購入するにはハードルが高いレーベルとなっています。また、このレーベル作品は(出版社の意図は違うのかもしれませんが)『ライトノベル』に分類されることがあります。

 講談社BOXは同人誌から商業デビューした奈須きのこさんの『DDD』という作品を出版しています。そして、すでに名前はあげた作品、竜騎士07さん『ひぐらしのなく頃に』、同じくゲームが原作である『うみねこのなく頃に』の小説版も出版しています。

 また、特筆すべき作家さんがいます。西尾維新さんです。西尾維新さんは講談社BOXから『刀語』『物語シリーズ』『忘却探偵シリーズ』を出版しています。これらの作品がすべて『ライトノベル』なのかは意見が分かれるところですが、『ライトノベル』が何なのかを考えるにあたって外せないのではないでしょうか? ちなみに、『忘却探偵シリーズ』は講談社BOXから刊行後、講談社文庫からも出版されています。

 西尾維新さんはライトノベル作家なのでしょうか? それとも一般文芸の作家さんなのでしょうか? この疑問は西尾維新さんだけに限りません。

 例えば、桜庭一樹さんは『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』や『GOSICK -ゴシック-』といった『ライトノベル』に分類される作品を執筆しています。ですが、直木賞受賞作『私の男』も執筆しています。

 また、有川浩さんは「ライト文芸」を執筆している作家さんの印象が強く、度々本屋大賞のランキングに名前が入る作家さんです。そして『ライトノベル☆めった斬り!』に『空の中』が掲載されています。

 ここまで見てきたように、『ライトノベル』は初め専門レーベルから出版された作品を総括する言葉のように思われました。しかしいつの頃からか、必ずしもレーベル発でなくても『ライトノベル』に分類されました。では作家さんで『ライトノベル』であるか否かを判断できるかと問われれば、それもできそうにありません。

 以上のように、『ライトノベル』は名付けがあった1990年代に比べ、対象となる作品の枠組みが膨張し続けています。

8 児童文学に進出する『ライトノベル』

『ライトノベル』は元々、少年・少女向けのエンターテイメント性の高い作品を総称していたはずです。しかし、歴史を振り返って見てきたように、徐々に対象が大人に拡大していきました。これは『ライトノベル』を読んでいた年齢層の人々が大人になっても『ライトノベル』を読んでいたからかもしれません。

 そしてこの影響は児童文学にも現れました。講談社青い鳥文庫、集英社みらい文庫、角川つばさ文庫などは、文庫本の表紙を可愛らしいイラストに変えて出版しています。その方が子供が手に取ってくれるのでしょう。ですが、このことで『ライトノベル』と児童文学の境目が曖昧になってしまったのではないでしょうか?

『ライトノベル』と児童文学のどちらも執筆する作家さんが存在します。深沢美潮さんは角川スニーカー文庫で『フォーチュン・クエスト』を出版しています。こちらは『ライトノベル』に分類されるでしょう。そしてポプラカラフル文庫で『IQ探偵ムー』を出版しています。こちらは児童文学に分類されると思われます。『ライトノベル』と児童文学は、どちらも少年・少女を対象にしているので、あとはエンターテイメント性の高低が問題なのかもしれません。

 ですが、Web小説投稿サイトから出版された作品はどうでしょうか? Web小説投稿サイトで執筆された作品は少年・少女を念頭に執筆した作品ではなく、Web小説投稿サイトで読まれることを念頭に書かれた作品が多いのではないでしょうか? 出版社が出版の決定をしたのは小説投稿サイトで人気のある作品だからであり、少年・少女向けであるとは考えていないと思われます。

 児童文学とは「大多数の大人が「子どもに読ませても大丈夫」と判断した小説である」と説明しました。大人が子供に買ってあげても良いと思える作品が児童文学です。『ライトノベル』もこれに該当する、とは言いづらい。

 児童文学の表紙を『ライトノベル』的なイラストにするのは正しいことだったのでしょうか? 子供たちが「これは児童文学だ」と思いながら『ライトノベル』を読む可能性はないのでしょうか?

 ここで考えたいのが、伏瀬さんの作品『転生したらスライムだった件』です。この作品はWeb小説投稿サイト発であり、GCノベルズから出版された後、かなで文庫で児童書として出版されています。

『転生したらスライムだった件』はいわゆる「異世界転生もの」です。

「異世界転生もの」とは、主人公が何らかの理由により現世での記憶を引き継いだ状態で異世界に転生する物語のことを指します。その「何らかの理由」は、トラックに轢かれて死亡したり、謎のメッセージに答えてだったり、誰かに殺されてだったり、さまざまなパターンがあります。

 転生や生まれ変わりといった話は、宗教学的側面を帯びたデリケートに扱うべきものです。例えば「異世界転生もの」ではないですが、C・S・ルイスの『ナルニア国物語』。この作品は、現実とナルニア国を子供たちは往復し、最終的にナルニア国へと行ってしまう物語になっています。物語の中では、当時の時代背景や宗教観が丁寧に描写され、気軽な理由で異世界に旅立ったまま、とはなっていません。明確な理由が存在しています。

 また、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』は主人公が物語の世界に入り込む転生ものです。ですが最終的に自身の過ちを認め、元の世界に戻ってきます。現実世界が嫌だから異世界に留まり続ける選択を肯定するような物語とはなっていません。

『ライトノベル』で扱われる「異世界転生もの」はどうでしょうか? これは作品ごとに判断すべき問いでしょう。しかし、児童文学のように、子供を想定して書かれているでしょうか?

 現世で鬱屈した人生を送っている主人公が、異世界で現実世界の知識を駆使して成り上がったり、スローライフを満喫したりする物語。これは現実世界の否定と受け取られかねない側面があるのではないでしょうか? それを積極的に子供に読ませても良いのでしょうか? そのような環境を作り出してはいないでしょうか?

 今後、『ライトノベル』作品が次々と児童文学レーベルから出版されるかもしれません。ですが、本当に子供に読ませても良い作品なのか、出版社の売り上げ確保のための商売ではないのか、今一度考えていただきたいです。

『ライトノベル』とは何か?(3)に続く。