『ライトノベル』とは何か?(3)

コラム

本コラム「『ライトノベル』とは何か?」は記事を三分割しています。
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9 現在の『ライトノベル』の問題点(1)

『ライトノベル』レーベルのいくつかは、文庫本だけではなくB6判サイズなど大きめの本で出版し、一冊の単価を上げています。そのことにより、購買者層が本来『ライトノベル』の対象者であった少年・少女ではなく、大人にシフトしました。また、Web小説投稿サイトの作品を『ライトノベル』として売り出す際、少年・少女をターゲットにしていない作品もまた『ライトノベル』に分類されるようになりました。

 1990年代頃にあったファンタジーブーム、2000年代の『ライトノベル』の大流行。この頃は『ライトノベル』は少年・少女向けのエンターテイメント性の高い作品を総称していたと思われます。ですが、いつしか大人向けのエンターテイメント性の高い作品が増え、ついには「ライト文芸」という新しい分類ができました。

『ライトノベル』の特徴としてあげられることが多いのが「軽くて読みやすい文章」です。国語の教科書に掲載されるような読み込むタイプの作品ではなく、さらっと読めて気軽に楽しめる作品です。そのため、登場人物たちの感情はセリフとして表現されることが多く、読書中に相手の感情を推測する必要はあまりありません。

 感情をすべてセリフとして表現される作品は、読みやすくてわかりやすいです。しかし、「書いてあることがすべて」という世界でもあります。

 現実社会を生きる上で、相手の感情を推測するのはとても大事です。これができない人は「空気が読めない人」というレッテルを貼られるかもしれません。ここで気になるのは、現実社会で自分の感情をすべて言ってくれる人はいるのかどうか、という部分です。実社会で、そのような人物は大多数でしょうか?

 文部科学省が子どもの読書活動推進の重要性を「読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないもの」としています。つまり、読書を通じて創造力を豊かにすることができる、と考えています。その結果、人生をより深く生きる力を得られるのです。

 そのためには読書という行為を簡単にできるものではなく、深く思考しながらできるものにする必要があるのではないでしょうか? 書かれている情報だけで物事を判断するのではなく、自力で考えを深め、問題解決できる思考力を身につける。その能力を育む必要があるのではないでしょうか? それを『ライトノベル』はできるのでしょうか?

「読書が苦手」と忌避している人たちが『ライトノベル』を通じて読書に慣れる、という体験は重要だと思います。文字を読むのが嫌いなままでは、文部科学省が重要視している目標は達成できません。

 しかし、『ライトノベル』から次のステップ、「軽くて読みやすい文章」から「思考しながら読み進める文章」を読みにいくような誘導を、出版社はできているでしょうか? 『ライトノベル』ばかり読んでいるため、読書を通じて育むべき思考力を身につけられずにいる人が存在しているのではないでしょうか?

『ライトノベル』を娯楽の一環として楽しむ分には良いと思います。しかし、そこに留まったままの人が増えているから「ライト文芸」という、大人向けのエンターテイメント性の高い「軽くて読みやすい文章」の作品が生まれたのではないでしょうか?

 簡単なものに慣れ過ぎてしまうと思考力を育めません。書いてあることしか読み取れなくなります。これでは人生をより深く生きる力を身につけられないでしょう。

10 現在の『ライトノベル』の問題点(2)

 膨張し続ける『ライトノベル』の中から、自分の好きな作品であったり面白い作品を見つけるのはとても困難です。この状況は、お小遣いという限られた資金しか持たない少年・少女にとって深刻な問題です。高価な本を数多く買える子供は少ないでしょう。また『ライトノベル』の購入資金を出してくれる大人はめずらしいのではないでしょうか? 

 膨大な数ある『ライトノベル』。ハズレを引きたくないと考えるのは自然なことです。そのため、売れる作品と売れない作品の二極化が進んでしまいました。

 出版社は売れている作品に似た作品を求めます。そうすればヒット作品のように売れるかもしれないからです。求められているジャンルの執筆をすれば出版できるかもしれないとなれば、筆を取る作家さんが多くなるのも頷けます。

 ですが、これがジャンルの先鋭化が進む原因となってしまったのではないでしょうか?

 特に、日々ランキングで読まれる作品とそうでない作品が目に見えてしまうWeb小説は、この傾向が強いです。「なろう系」といわれる「異世界転生もの」や「悪役令嬢もの」が大流行し大量に出版されたのは、それを題材にしないとWeb小説投稿サイトで読まれなかったからです。読まれなければ出版社から出版の打診は来ません。しかしこれは似たような作品の大量生産に繋がります。この中で個性を光らせるのはとてつもなく難しい。

 状況を打開するために、読まれるためのテクニック本、例えば『ネット小説家になろうクロニクル』、が出版されたのでしょう。出版された頃、ランキング上位に食い込むための手段がある程度確立されていたのだと思われます。こうなってくると、作品の内容の良し悪しは重要ではなくなります。大事なのは、いかに読者の目に止まる戦略を取れるか、です。

 作家はランキング上位に食い込むことを重要視し、出版社はランキング上位にある作品を書籍化する。そこに内容の良し悪しを判断する目と商業出版する価値は見出せたのでしょうか? 大量生産・大量消費を促進させただけではないでしょうか? お金のことしか考えていないように思われます。

 また、ジャンルの先鋭化は、大衆向けから「知っている人にだけ理解されたらいい」という、狭い範囲でしか受けない作品を量産する状況を生み出します。悪い意味で専門的になるのです。

 誰もがランキング上位に食い込む手段を獲得した次に重要になってくるのは、創作論です。Web小説投稿サイトでは毎日決まった時間に投稿するのが良いとされています。なら、創作にあまり時間はかけられません。そのため、簡単に物語を紡ぎ出せる創作論が重要になるのです。

 1990年代に流行したファンタジーブームでは、テーブルトークRPG(TRPG)のプレイ記録を小説に書き下ろしたリプレイ作品が出版されました。これは一から自分で世界を構築し物語を作成するのではなく、すでに他の人の手によって完成された世界をベースに物語を創作するテクニックに他なりません。この手法を使えば簡単に物語を紡ぐことはできますが、限られた世界の中でしか物語を描けません。

 これがWeb小説の世界でも起きました。いわゆる「なろう系」です。決められた文脈の中で自分の個性を発揮するのは大変ですが、創作論を使えばある程度簡単になります。しかし、それ以上の発展は見込めません。なぜなら決められた枠の中でしか物語を展開できないからです。そして大勢が同じ文脈で物語を紡ぐため、個性発揮が重要になります。

 読者は似たような文脈の物語の中から執筆者の個性を探さなくてはなりません。そうなると、物語の文脈で読まなくても理解できる「お約束」は省略してもらった方が、時間短縮ができるので助かります。アニメや特撮で変身シーンを早回しにする感覚と同じでしょう。それは「ある」ことが重要であって、「価値」はないのです。

 こうして「お約束」を知っている人にしか楽しめない『ライトノベル』が普及し、Web小説投稿サイトを知らない人との間に「断絶」が生まれたと考えられます。

 狭い範囲内で楽しめる作品は、狭い範囲内でしか楽しめない側面があります。これが強くなると新規参入者は激減します。だから売れている『ライトノベル』しか売れない結果に繋がっているのではないでしょうか? ジャンルの先鋭化が『ライトノベル』の世界を狭くしつつあるのではないでしょうか?

 もし『ライトノベル』をこれからも幅広い読者の方々に読んでほしいと願うなら、Web小説投稿サイトのランキング以外の評価軸で作品の良し悪しを判断する目が必要だと思います。

11 現在の『ライトノベル』の問題点(3)

『ライトノベル』の創作論のひとつにキャラクター造形というものがあります。とても便利な手段ですが、これが作品の幅を狭めているように思います。また、海外で『ライトノベル』が普及しない要因にもなっているのではないでしょうか?

『ライトノベル』には「個性的なキャラクターを登場させるのが重要」と考えられているフシがあります。多くの『ライトノベル』の登場人物たちは、現実世界ではあり得ないような言動を取り、特徴的な格好をしていたりします。特徴的な話し方をするキャラクターを作り出せたら御の字です。作品の看板キャラクターが作り出せれば、話の内容がどこか似たり寄ったりであったとしても、オリジナリティを前面に出すことが可能となります。

 日本語は多彩な表現ができる言語です。老人の話し方、大人の話し方、若者の話し方。表現による区別が簡易にできます。それに加えて『ライトノベル』には特殊な語尾(キャラ語)を使っているキャラクターをよく見かけます。これは文字という文章だけで物語を楽しむ小説の中で、強烈にキャラクターを印象付ける手段として人気があります。ですが、これは日本語だから可能であり、外国語には反映されづらい特徴があります。

 試しに、キャラクターの個性がわかるセリフの連続と、Google翻訳で変換したものを記載します。

「これからコンビニ行くけど、買ってきてほしいものある?」
「はいはいはーい! 私はアイスクリーム! お願いね?」
「では、あたいはプリンをいただきたいです……」
「わしゃあ、水がほしいのぅ」
「あ、じゃあ牛乳も買ってきてくれる?」
「外出か? ついでに犬の散歩に行ってこい」

“I’m going to the convenience store, is there anything you want me to buy for you?”
“Yes yes yes! i want ice cream! Please, thanks?”
“Well, I’d like some pudding…”
“I want some water”
“Oh, then can you buy some milk, too?”
“Going out? Come on, let’s go for a dog walk”

 このように、翻訳するとキャラ語は削ぎ落とされ、会話文だけでは誰が何を話しているのか一切わからなくなります。ですが『ライトノベル』では会話劇を多用する作品が多く見られます。その結果、『ライトノベル』を海外で売りづらい状況になってしまっているのではないでしょうか? そのため、国内のマーケットばかりに集中しているように思われます。

 海外で作品を売るためには、この欠点を補完する必要があります。その手段にアニメやマンガがあります。先にイラストで認知度を高めれば、海外のファンに小説を売りやすくなります。しかし、特徴的な外見情報はアニメやマンガの方がアピールしやすいですし、キャラ語は削ぎ落とされています。結果を残すのはなかなか難しいと思われます。

 そして、セリフだけでなく擬音語・擬態語も同じ問題を抱えています。試しにGoogle翻訳してみましょう。

どっかーん!
Where are you!
ガーン!
Ghan!
ヒュルルルル……
Flurry…
ムキー!
Muki!

 実際の翻訳作業ではここまで極端な状態で訳さないと思います。ですがそのぶん訳者の負担は大きくなるでしょう。負担が大きくなれば翻訳代金も高くならざるを得ません。そこまでして海外での出版を積極的に行いたくなるような作品が『ライトノベル』にあるのでしょうか?

 以上のような問題を抱えた結果、『ライトノベル』の市場規模は縮小しつつあるのだと思います。

12 名興文庫が求める作品

『ライトノベル』の歴史と問題点を、駆け足ではありましたが振り返りました。

『ライトノベル』は膨張し続けています。物語は内向き傾向が強まり、本来のターゲット層である少年・少女たちから離れた作品が大量に生産されています。『ライトノベル』の市場が縮小しつつあるのも無理はないと思われます。

 このような状況下で、最近は電子書籍出版をメインにした新規レーベルが次々と活動を始めています。電子書籍メインでの出版なら紙に印刷する必要がないため、コストカット・在庫管理・運搬費用などがかかりません。新規参入しやすいのです。そして、作品はWeb小説投稿サイトに溢れんばかりに存在しています。出版作品を準備する手間を省くことができるのです。

 また、自己出版のハードルも低くなりました。自分で原稿を準備し電子書籍に加工さえできれば、簡単に自己出版できます。売り場は、出版社が作品を販売しているプラットフォームと同じ場所を選択できます。

 これはつまり、商業のマーケットで自作を販売できる、ということです。人気があるのはAmazonのKindleでしょう。Kindleで独占販売を選択すれば、Kindle Unlimitedというサービス内で作品を販売でき、一冊換算ではなく閲覧数に応じて利益が出ます。つまり、途中で読者が離脱してもそれまでの閲覧から利益を得ることができるのです。

『ライトノベル』作品は今後ますます増えていくでしょう。ですが、このまま何も変わらずにいれば、市場の売り上げが縮小していくのは避けられません。特に、Web小説投稿サイトでの流行ばかりを追いかけ「お約束」で成り立っている作品は、今後見向きもされなくなる可能性が高いと思われます。

 ここで、最初の問いに戻りたいと思います。
『ライトノベル』とは何か?

『ライトノベル』は初め、少年・少女を想定読者としたエンターテイメント性の高い作品群を指していました。1990年代にSFやファンタジー小説が流行し、大量に出版されます。それらを総括する呼称として、限られたメンバー内で『ライトノベル』という名前が決定されました。

 2000年代に入ると『ライトノベル』が大流行し、多くのレーベルが立ち上がりました。その結果『ライトノベル』の大量生産が始まります。そこには同人誌や同人サークルの作品も流入し、『ライトノベル』の枠は拡大・膨張していきます。

 2010年代にはWeb小説やボカロ小説が『ライトノベル』として扱われ始めました。Web小説は投稿サイトでのランキングが重要であり、少年・少女向けのエンターテイメント作品である必要はありません。よって、本来の読者層である少年・少女が離れ、お金を持っている人々がメインの読者となります。また、一冊の単価が高くなりました。これが少年・少女離れを加速させました。

 いまや『ライトノベル』は膨張しきった枠であり、この言葉で何を指しているのかわからない状態となっています。そして『ライトノベル』は予想外の広がりをみせ、多くの問題を孕む結果となっています。

 名興文庫では下記のような作品を求めています。
・娯楽だけで終わらない作品
・メッセージ性のある作品
・新しい発見がある作品
・レーベル担当者の心を打つ作品

 そして、名興文庫は『原点回帰』を掲げている出版社です。大量生産・大量消費の作品は求めていません。どこかで見たようなテンプレ作品は出版対象とならないとお考えください。

 もしご自身の作品が『ライトノベル』であると考えるのでしたら、今一度作品と向き合ってみてください。あなたの作品は「娯楽だけで終わらない作品」、「メッセージ性のある作品」、「新しい発見がある作品」、「レーベル担当者の心を打つ作品」でしょうか? それとも、大量生産された作品のひとつでしょうか?

 本コラムが創作者の希望と出版界の発展、そして読書を通じて豊かな人生を歩むきっかけを提供できたら幸いです。

『ライトノベル』の未来とは(1)に続く。